歴史探訪の旅?中津川の苗木城跡へ行ってみた
2021/01/20
中央自動車道の中津川インターチェンジからちょっと車を走らせたところに「苗木城」の城跡があると聞いて行ってきました。
場所はこんなところ↓↓
苗木城ってなんだ?
そもそも苗木城ってなに?っていうところの話なんですけど、Wikipediaなどの資料を見るに、このあたりを統治していた地頭・遠山氏の遠山友政により1526年に築城されたお城のようです。
ここへたどり着くと、まず初めに大きめの建物が目に入るのですが、それが史料館になっているようです(今回ワタシは立ち寄りませんでした汗)
ただ、ここへ来て思ったのは、城がどうのこうのより「城跡」としての姿が立派!ということです。

こんな具合に、明らかにここに建物があったよね、っていうのがわかる状態で残っているんです。
けっこう歴史的建物の「跡地」と言われているところは数多ありますけど、コンクリのブロックが1個だけ残ってるとか、本当なんでしょうけど「本当か?」とツッコみたくなるとこってあると思うんです。
でもここは明らかにあったね!っていうのがわかるので、お城なんて本当に存在してたのか?くらい疑ってる人は行ってみるといいでしょう(笑)
駐車場はあるのか?
ここは間違いなく車で行くべきところでしょう。
バイクのツーリングや自転車乗りの方も立ち寄られてますが、完全徒歩で来られる方は、ご近所の方の散歩コースくらいじゃないでしょうか。
JR中津川駅からもけっこうな距離がありますので、徒歩で来るには無理があります。
ちゃんと駐車場も完備されています。
前述の史料館の目の前も駐車場ですし、城跡へより近い所に停めたい!という方は、史料館の駐車場へ入らず、脇道をさらに上がってくると、10台くらい停められそうな駐車場があります。
この右手側、アスファルトのところが駐車場
ここに、苗木城跡の説明が書いてあります。

解説文にはこう記されています
『苗木城は、中津川市内を東西に貫流する木曽川の右岸に一段と高くそびえる城山に築かれていました。木曽川から山頂の天守跡までの標高差は約170mあります。岩山の上で利用できる土地の確保が困難であったため、建物の構築方法に懸造(かけづくり)が使われているなど、自然の地形を有効に生かして築かれた山城です。大永年間(16世紀前期)に苗木の北方にある植苗木(うわなぎ)を拠点としていた遠山氏がこの地に移り住みました。その後戦国の動乱の中で遠山氏は苗木城を追われますが、関ヶ原の戦いに先立ち遠山友政が城を奪還し、 以後江戸時代を通じ12代にわたり遠山氏が城主として治めました。』
ここからは石畳が整備されていて、秋には紅葉が楽しめるスポットにもなっているようです。

太陽光の具合(逆光)でよく見えませんが、途中にはこんな感じで見えたんだぜ!っていう見晴らし台とCG合成された看板が立てられています。
さらに歩を進めていくと、、、

ドドーンと登場。
見るからにここに城があったというのが想像できます。

現在はこのように櫓上になっていて、ここには登ることもできますし、展望台のようになっています。
市街地は一望できますし、すぐ下が川なので結構な迫力です。
舗装されているところはほとんどないので、歩きやすい靴で来ないと靴擦れ起こしちゃうかも。
運動不足の解消にもうってつけですし、谷から切り立った場所にあるので、早朝に来るとまた幻想的な景色を拝めるかもしれませんよ。
ちなみにトイレは完備されていますが、飲食店などはありませんのでご注意を。
